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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1364号 判決 1982年5月31日

控訴人 国

代理人 榎本恒男 高橋孝信 ほか四名

被控訴人 鈴木釣介 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

原判決を次のとおり更正する。

控訴人は、被控訴人らに対し、各金二九一万五五二五円及びこれに対する昭和五〇年九月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決、及び訴訟の承継により、主文第三項と同旨の判決(請求の趣旨を減縮)を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、次の補正、付加するほか、原判決の事実摘示(ただし、原判決一三枚目表一一行目「(6)」を「(5)」と訂正し、同一五枚目裏三行目「原告もしくは」を削る。)と同一であるから、これを引用する。

(被控訴人ら代理人の陳述)

1  訴訟承継前の被控訴人鈴木貫一は、昭和五五年一二月五日死亡し、同人の権利義務は同人の嫡出子である被控訴人らが各五分の一の持分をもつて共同相続した。よつて、被控訴人らは控訴人に対し、各承継した損害賠償債権のうち二九一万五五二五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  有馬は事故機の機長であり、機長は飛行中塔乗員を指揮命令し、飛行任務の達成、航空機及び塔乗員の安全について責任を有するうえ、事故機の運航目的である救難捜索について現地における具体的捜索方法の判断、決定を委ねられているものであり、一民に対する関係で支配管理する立場にあるから、事故機の飛行中における控訴人の一民に対する安全配慮義務の履行補助者である。

3  航空機による救難捜索にあたつて、具体的な飛行方法、飛行高度は機長の判断に委ねられているものであり、有馬は機長として、本件捜索目的地の山岳地帯の捜索については等高線捜索パターン法をとり得ず異つた飛行方法によるべきであると判断、決定したものであるが、有馬は救難教育隊の所属となつてから僅か九か月を経たばかりで、本件のような山岳地帯の困難な捜索飛行に従事した経験はなく、また事故機は機体が極めて老朽化し、かつその構造上、下方に対する視界が極めて悪いため、山岳地帯の捜索に不適当であるから、有馬は飛行方法を決定するに当つて右の事情に思いを致し、危険な飛行を避けて一民の安全を配慮すべき義務があるのに、これを怠り、前記の飛行方法を選択、決定した結果、本件事故を惹起したのである。

(控訴代理人の陳述)

1  鈴木貫一が昭和五五年一二月五日死亡し、同人の嫡出子である被控訴人らが各五分の一の相続分をもつて共同相続したことは認める。

2  控訴人が公務遂行に当る公務員に対し安全配慮義務を負うゆえんは、公務員は、控訴人が公務遂行のために設置した場所、施設において、あるいは器具、材料等を使用して、上司の指揮監督のもとに公務を遂行するものであり、また、その遂行に当つては、国家公務員法等の関係諸法令により職務専念義務を負い、職務上の危険又は責任を回避するなどのことは許されず、しかも、法令及び上司の職務上の命令に忠実に従うべき義務を負うものであるから、公務員がその義務を誠実に履行することができるようにするためには、控訴人が右の場所、施設、器具等の設置、管理又は公務の管理に当つて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するように配慮すべきことが信義則上要求されるからにほかならない。すなわち、安全配慮義務は、公務遂行に伴う物的、人的、諸条件に対して控訴人が支配管理権限を有することに由来するものであり、公務員の勤務に関する法律関係において、控訴人が公務遂行のための場所、施設等に内在し、あるいは公務自体に内在する危険を右施設等及び公務を管理する者としての立場において事前に予見して、物的及び人的環境、条件を整備し、もつてこれらの危険の発生を未然に防止して公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務であるから、国の右義務の履行補助者は、公務の遂行のための物的、人的環境や条件を支配管理する業務に従事する者であり、このような支配管理の業務を遂行する立場にない者が、国の右義務の履行補助者となることはあり得ない。有馬は右にいう支配管理の業務に従事する者には当らないから、控訴人の安全配慮義務の履行補助者ではない。

3  控訴人が公務員に他の公務員の操縦する航空機に同乗させて公務を行わせる場合に控訴人の負うべき安全配慮義務の具体的内容は、当該公務遂行のために使用する航空機の整備を十全にして航空機自体から生ずべき危険を防止すること及び航空機の操縦に従事する者に安全教育を施し、当該公務に関し当該航空機の操縦者としてその任に適する資格、技能並びに身体的条件を有する者を選任したうえ、その者に当該航空機の操縦を行ううえでの特有な安全上の注意を与える義務に尽きるのであり、控訴人が右のような安全確保のための配慮を尽したにもかかわらず、なお操縦者がたまたま航空機操縦者として払うべき操縦技術上の具体的注意義務を怠つたことにより、同乗している他の公務員の生命、身体等に危険を生じさせたとしても、それはもはや安全配慮義務の問題ではない。本件において、控訴人は前記の安全配慮義務を尽したものであつて、本件事故機の捜索目的地が危険性の高い山岳地形であるため、有馬が同乗者である一民を危険から保護するよう安全な飛行方法によつて捜索活動をすべき注意義務は、事故機の操縦者としての有馬の固有の注意義務であり、被控訴人らの主張するように、控訴人の安全配慮義務に含まれるものではない。

4  亡鈴木貫一は、昭和四〇年九月二七日に挙行された一民の所属部隊における葬送式の際に、救難教育隊長山崎雄蔵二等空佐から事故機による捜索の経緯、一民の任務及び事故の概要を説明し、事故発生について一民が無過失と思われることなどを告げられていたので、同日中に本件事故の概要について了知していたものである。したがつて、昭和四〇年九月二七日から三年を経過した昭和四三年九月二七日の満了によつて本件損害賠償請求権の消滅時効が完成した。よつて控訴人は本訴において右の時効を援用する。(原判決事実欄第一、三、1の主張事実は右の限度において訂正された)。

(証拠) <略>

理由

本件航空事故による鈴木一民の死亡及びその事故原因については、原判決がその理由において説示するとおり(原判決一七枚目表一行目から二二枚目裏四行目「推認することができる。」まで)であるから、これを引用する。

被控訴人らは、一民の右事故死は、控訴人国の公務員である一民に対する安全配慮義務の懈怠によつて生じたものであると主張し、その義務違背事由たる具体的事実は、後記履行補助者の操縦ミスのほか、本件航空事故に係るT―6航空機の飛行前の整備及び点検の不完全(原判決事実欄「第二、一、2、(一)、(1)、(3)、(ロ)」並びに捜索機としての機種の選定の不適当(同「第二、一、2、(一)、(2)」)であるところ、引用に係る原判決の認定にみるとおり、右の主張事実(操縦ミスの点を除く。)を肯認するに足る証拠はない。

そこで、被控訴人ら主張の操縦ミスについて検討するのに、本件航空事故の原因については、すでにみたとおりであるが、<証拠略>本件航空事故は、長野県南佐久郡佐久町大字余地板石山(標高一二二九メートル)頂上付近に航空機らしきものが墜落したとの警察庁からの通報により、航空自衛隊入間基地航空救難団司令部中央救難調整所長が発した「災害派遣の場合の行動命令」による捜索命令に基づき、航空自衛隊航空救難群浜松救難教育隊機長二等空尉有馬愛二及び同教育隊初級救難技術員二等空曹鈴木一民がT―6救難捜索機(ノースアメリカンT―6テキサンと称する型のプロペラ機である。)により右板石山付近の空中からの捜索飛行任務に従事しているうち、有馬二等空尉が機長として右捜索機を操縦し、かつ、右飛行任務に従い捜索行動細部計画を立案、決定して実行する職責を遂行するにあたつて、板石山付近が、標高一一〇〇メートルから一三〇〇メートル内外の山が佐久町役場所在地付近(標高七八八メートル)から距離約八キロメートル先の余地峠(標高一二六八メートル)を経由する県道下仁田佐久線を挿んで北側及び南側に連互する山岳地帯で、その上空を巡航して救難捜索飛行を実施することは、困難かつ危険な任務であることにかんがみ、機長(操縦者)として、捜索機の安全運航に一層留意しなければならないところであるが、安全運航にもまして捜索の効率を重んじてか、できるだけ安全な捜索パターン(たとえば、先ず板石山付近の上空に達したのち、相当の飛行高度を稜線の標高差に応じて保持しつつ高いところから低いところへ向けて等高線沿いに下降し旋回しながら捜索する等高線捜索パターン(航空自衛隊教育訓練資料〇七―三八―一一航空幕僚監部編集「救難捜索法」)、又は稜線沿い上空を山頂から下方に向つて並行捜索するなど。)を選定することをしないで、右県道を真下に俯瞰しつつ板石山等の連互の谷間い下方から上方余地峠に向つてその上空を旋回しながら捜索する飛行方式で、高度の操縦技術を要し、かつ、より危険な捜索方法を敢えて採つたことにより、ますますバンク角(横揺角ともいい、飛行機が旋回するときの傾きの角度で、飛行機の前後軸まわりの角変位をいう。)を深くとり、しかも急激なバツクプレツシヤー(操縦桿を引いて機首を上げる操作をいう。)をしばしばとらざるをえなくなつたことから、ついに捜索機がスピン(錐揉み)に陥り、たちまち失速して上空から垂直状に墜落し、佐久町大字余地字アラヤ付近の崖の中腹に機首を突つ込むにいたつたものであることを推定することができ、右推認をくつがえすに足りる反証はさらにない。したがつて、本件航空事故は、捜索機を操縦して前記救難捜索飛行任務を遂行していた機長有馬二等空尉が操縦者の安全運航義務を怠つた過失(右にいうところの操縦ミス)により惹き起されたものといわなければならない。

被控訴人らは、有馬機長の右安全運航義務の懈怠をもつて、控訴人国の公務員である鈴木二等空曹に対する安全配慮義務の履行における履行補助者たる有馬機長の義務違背にほかならないと主張するけれども、本件救難捜索航空業務の実施につき控訴人が有馬機長に対して前記安全運航義務違反に係る救難捜索飛行方式を特に指定して実行させたとか、又は、有馬機長が本件救難捜索飛行任務に就くべき操縦者の選定基準に満たない技倆及び経験の持主であるのにこれを看過してその飛行任務を命じたとかいつたような、控訴人の本件救難捜索航空業務の管理上の瑕疵で、それによつて有馬機長の本件安全運航義務違反をもたらしたと認めるに足りる相当の事由が存在することについて、被控訴人らはなんら主張及び立証をしないのであるから、被控訴人らの右主張もまた採用しがたい。有馬機長が本件救難捜索飛行任務の遂行に当つて、鈴木初級救難技術員を指揮し、控訴人の本件救難捜索航空業務の実施及び本件捜索機の安全な運航につき職責を負う者であることは、右の相当事由にあたらないというべきである。

被控訴人らの主張する不法行為責任について考察するのに、叙上の認定事実によれば、控訴人の国家公務員である有馬二等空尉がその職務として本件救難捜索飛行任務を遂行するにつき機長の職責にぞくする航空機の安全運航義務を怠つた過失により本件捜索機の塔乗者である鈴木一民を死亡させたことが明らかであるから、国家賠償法一条一項の規定にもとづいて、控訴人は、一民の右死亡によつて鈴木貫一がこうむつた損害を賠償する責に任ずべきである。

右の損害について、亡一民の死亡による逸失利益及び精神的苦痛(亡一民固有の慰藉料)にもとづく損害の発生並びにこれら損害賠償債権の鈴木貫一による承継取得の点は、次に付加するほか、原判決の理由説示(原判決二三枚目表六行目から二五枚目表七行目まで、及び同二五枚目裏二行目から六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

鈴木貫一がその子一民の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができるところ、本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると、同人の苦痛を慰藉するには一〇〇万円が相当である。

また、被控訴人らの本件訴訟追行のための弁護士費用中、本件事故と相当因果関係に立つ金額は、本件事案の難易度等諸般の事情に照らし、被控訴人らについて各二〇万円と認めるのが相当である。

控訴人主張の損益相殺について、一民の妻千代が控訴人から一民の本件事故死による遺族補償一時金一二二万九〇〇〇円及び葬祭補償金七万三七四〇円の支給を受けていることは当事者間に争いがないところ、右各補償金支給の性質上(昭和四一年法律六七号による改正前の国家公務員災害補償法一五条参照)一民の妻たる千代が右各補償金の第一順位の受給権者としてその支給を受けたものであることが弁論の全趣旨により明らかであるから、右補償金額合計一三〇万二七四〇円は、一民の本件事故死により千代が取得すべき損害賠償債権に係る損害額の算定について考慮されるのは格別、鈴木貫一の取得すべき損害賠償債権に係る損害額の算定につき斟酌されるべき筋合のものではないというべきである。控訴人の右主張は理由がない。

時効の抗弁について、<証拠略>によれば、昭和四〇年九月二七日に航空自衛隊による一民の葬送式が挙行された際、一民の直属の上司である救難教育隊長山崎雄蔵三等空佐が鈴木貫一ほかその遺家族に対して本件航空事故の状況、概要を説明したことが認められるけれども、<証拠略>によつても、山崎隊長が右の説明のなかで一民の本件事故死が有馬機長の操縦ミスすなわち安全運航義務を怠つた過失によるものであることを明らかにしたとはいえないし、ほかに鈴木貫一において昭和四〇年九月二七日までに一民の本件事故死が有馬機長の操縦ミスによるものであることを認識していたと肯認するに足りる証拠はさらにないから、控訴人の右抗弁もまた理由がない。

以上の理由説示によれば、亡一民の本件事故死により亡鈴木貫一は控訴人に対して一四五七万七六二六円の損害賠償債権を取得したというべきである。ところが同人が昭和五五年一二月五日に死亡し、同人の嫡出子である被控訴人らが共同相続により亡貫一の権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、被控訴人らは右損害賠償債権につき各二九一万五五二五円の損害賠償債権を承継し、さらに本件不法行為にもとづく損害賠償債権として前記弁護士費用各二〇万円を右金額に加えた三一一万五五二五円を取得したというべきである。したがつて、被控訴人らが控訴人に対して本件不法行為にもとづく損害賠償債権(当審で請求の趣旨を減縮)金二九一万五五二五円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五〇年九月三〇日以降支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求は理由があるから、これを正当として認容すべきである。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎 真榮田哲 木下重康)

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